達者で長生きするために No.177 R3 .9

達者で長生きするために    No.177 R3 .9 

オリンピックが終わり、パラリンピックが始まりました。

世界から沢山のアスリ ートが集り、熱戦が繰り広げられています。 一方コロナは変異種も出てきて今、まであまり感染しなかった年齢層にまで広が ってきているとの事。明日から新学期が始まると云うのにこの先どの様になってい くのか心配でなりません。人々の生活に制限をかけることは、コロナの感染を広げ ないためには必要なことだと解っていても経済を回して行くことも我々が日々生き て行く為には必要な事!私たちは今色々な困難の狭間で生きています。今、私たち の周りに、あの人を人とも思わない戦争がないことだけでも感謝しなくてはと思い、 戦の中で伝染病の中で、逃げ惑う人々がいることを知り本当に心が痛みます。涙が自然にあふれます。 そして世界のあちこちでおおきな水害や山火事などのニュースも流れ、天災も伝染病も神様はなぜこの様に我々に次々と試練をお与えになるのか…と考えたりしま す。やはり、進化進化と自分たちの生活の効率化だけに目を向けて走り続けてきた ことが間違いだったんだよ…と我々は「いさめ」を受けてるのでしょうか。今でも TV で見たあの北極の氷山が次々と壊れ海に崩れ落ちる様子が目に浮かびます。私た ちは今、何をしたらよいのでしょうか。何をすべきなのでしょうか。 今年の 8 月は私にとってはとても悲しい月となりました。愛猫「メリ子」が 21 才 で亡くなりました。土日とあまりご飯を食べないな…と月曜動物病院に連れて行き ました。脱水症状でした。 我が家には 16 才の犬もいて、メリ子は若くて元気な時はとてもプライドが高く、 人の好いミニチュアダックスが一緒に遊びたくって寄って来ても、フォーっと毛を 逆立て、今にも飛びかかりそうにするので、私の部屋がメリ子の居場所となりまし た。 私が忙しく部屋に居ないと大きな声でウォーっと呼ぶのです。ミャーではないの です。それで扉を開けて出ておいでといっても一寸出てきてはすぐ走って自分の居 場所に戻ってしまいます。夜、私が部屋に戻ると部屋の隅のカーペットの上で寝て いるので、そーっと足音を忍ばせてベッドに戻っても、すぐ気が付いてベッドに飛 び乗り、手で私の顔にちょっかいを出します。腕を横に伸ばしてやると両手を私の 腕に両手と顔を乗せて寝てしまいます。夜中に目が覚めると顔の横に両手をそろえ て行儀よく坐り、まるで私の横で見張り番をしているかのようにしています。朝起 きるとカーペットの上に居たり、私の布団の上の足元のあたりで丸くなって寝てい ました。いつもいつもそうした生活が続き 21 才になっていました。 メリ子は平成 11 年、父が亡くなった後、息子が住んでいる茨城の薬局の側で捨て られていた猫で、一人になった義母に淋しくないように、拾ってきた猫でした。義 母が亡くなった後私のところに来たのです。 若いときは私が旅行などで 2 泊ばかり家を空けると、家に帰って「メリ子、ただ いま」といってもジーっとそっぽを向いて返事もせず、すねていました。無言の抵 抗です。猫との生活ははじめてのことでしたが、いつの間にか年を取り、二人で長 生きしようねというのが私の口癖になっていました。ひ孫たちが遊びに来て抱いて も、最近はされるがまま、両手両足をだらーっとして抱かれて何の抵抗もしません。 この様におだやかな日が過ぎていたのですが、月の前半の土日とご飯食べないな ーと思いレトルトタイプの餌に変えたりしたのですが、動物病院で受診しました。 脱水症状とのこと。エサは食べなくても脱水のことまでは気が廻りませんでした。 点滴を打ってもらいました。入院して毎日点滴を続けても、突然亡くなることもあ るかもとのこと。家でみることにしました。猫ははじめてでしたが、今まで犬を何 度も飼って高齢になり病気になり入院しました。しかしいつも我が家の犬たちは元 気になって戻ってくることはなかったのです。21 才では猫は高齢です。今まで長く 仕事をしてきたので、最後まで看取ることは出来なかったけど、今度は家で最後ま で面倒見ようと考えたのです。いつも側についていてあげられなかった罪滅ぼしの 様な気持ちでした。亡くなる前の 5 日間、それは辛いものでした。スポイトで水を 飲ませると時々チュクチュク飲んでくれました。でも食事はとれません。只々眠っ ているのです。時々メリ子!と呼ぶとフゥーンとかミ―とかすかに返事をするので す。身体を撫でて、撫でて、抱いて声をかけて段々返事をする回数が減って 4 日目、 早朝昇天しました。元気な時、いつも独りぼっちにしていたので大声で呼ぶ声を聞 いてメリ子は私の事を一番好きで、一番頼りにしていると思っていたのですが、私 のほうがメリ子に支えてもらい、いつも頼りにして私にとってどんなに大きな存在 だったか…辛くて辛くて、悲しくて悲しくての日々がまだ続いています。足の指先 から手の指先までメリ子が恋しくて恋しくて一杯になって溢れんばかりです。ペッ トロスだねと友人に言われたけど、そんな簡単なものではありません。自分の身が 引き裂かれるような気持ちです。メリ子が居なくなって 20 日ばかりが過ぎました。 今日やっと色々なメリ子のものを片付ける気になりました。   

竹野 歌於子

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